アンマセラピーのBGMはこうして生まれた

<コラム>SPA Musicを作ったきっかけ 

「タラソスパ」と同時期に制作をしたのは「アンマセラピー」でした。
CDの紹介にも書かせていただいた広州のホテルスパでの極上アンマセラピー体験とは別のエピソードで、台湾で受けた足ツボマッサージや按摩シャンプーのすごく痛かった経験が、このSPA Music CDを作る一つのきっかけになりました。

アンマ、指圧、針、灸などのセラピー「痛い」施術を「気持ちよい」施術に変えるにはBGMをどうしたらいいだろうか・・・と言う問題を真剣に考え、出た一つの解答が「アンマセラピー」と言うCDです。この考えのもとになったのは、音楽療法の現場で研究され行われてる、鎮痛用音楽でした。

痛みを伴う苦痛を和らげる為にと、ヒーリング音楽と言うジャンルから心が落ち着くような音楽を探される方が多いのですが、実際、音楽療法士によって処方される音楽は、ヒーリング音楽ばかりではありません。みなさんこれを言うと驚くのですが、人を癒す音楽は、ヒーリング音楽と言うジャンルで全てカバーできるものではないのです。クラシック、演歌から童謡、アニメソングまで、ありとあらゆる音楽ジャンルを音楽療法士は扱い処方します。これは後日改めてブログに書きたいと思っていますが、私が制作しているSPA Music for professionalsシリーズを制作をする上での基本理念は音楽療法の応用です。

音楽療法最前線のアメリカで研究が始まった「ターミナルケア」の現場での鎮痛の為の音楽は、リズムのある軽快な音楽が患者(クライアント)に処方されています。カントリーミュージックの様なちょっとリズムがあって、痛みのパルスを和らげる軽快な音楽です。ただ、アメリカ人にとってのカントリーミュージックは日本人でいう演歌的な意味を持ちますし、多人種国家ですから「カントリーミュージック」と言うジャンルに固執せず、まずは基本、軽快感のある音楽と考えた方が良いと思います。

イメージ的に言うと、痛みと言う速度で走る電車の窓から、同じ速度で走っている楽しいものを見る感じです。そうすることで、痛みから気をそらすことができます。落ち着きのある音楽が処方されるのは、痛みがひきかけた頃です。

また、「音楽」は時間を速く感じさせたり、遅く感じさせたりする効果があります。映画のフィルムでも同じ場面の背景BGMで、軽快なリズムの音楽と、ゆったりとした音楽を流したとでは、印象がまるで違います。リズムがあれば、その場面は足早に展開し、ゆったりとした音楽ではじっくりと展開して行くでしょう。BGMの効果とは、心で感じている時計の針を速めたり、緩めたりする事ができるわけです。痛みがある時間は速く通過しているように感じなくてはいけませんから、ゆったりとした音楽ではまずいわけです。

続く

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デモテープと企画書を持ってモナコへ

4.<コラム>SPA Musicを作ったきっかけ (更新9回目)

帰国後、私はすぐにアーティストと連絡をとり、世界最高峰のマリンSPAに相応しいSPA Musicを作ろうと持ちかけました。そのアーティストはH.Gardenと言う男2人のユニットで、彼らの作る楽曲は日本人ながら、地中海に浮かぶバカンス島"IBIZA"のフィーリングで洗練されており、おしゃれ好きなクラバーの間ではカリスマ的な存在です。

特に彼らと私が仕事をする最初のきっかけとなった楽曲「ジェントルレイン」は衝撃的で、「カフェデルマー」のファンが投票で選ぶ「カフェデルマー25周年記念アルバム」の収録曲にも選ばれ、正式にワールドワイドで発売されました。また、H.GardenはNHKのドキュメンタリー番組「法隆寺」や、稲垣吾郎と本上まなみが出演して人気を博したドラマ、「陰陽師」のサウンドトラックを手がけるなど、「和」を洋楽のセンスで表現した楽曲も秀逸です。

1ヶ月後、私は彼らと制作したデモテープと企画書を持って、モナコ公国に再び降り立ち「レ テルム マラン ド モンテカルロ」の門を叩きました。その企画書の内容は大胆にも「貴方のSPAのオフィシャル アルバムを私にプロデュースさせて下さい、そしてCDにして販売させて下さい。」と言うものでした。

モナコは私のあこがれでした。私は当たって砕けろの精神と言うよりも、心からの憧れと尊敬を胸にモナコに下り立ち、「レ テルム マラン ド モンテカルロ」の門を叩いたのです。そして、オフィシャル アルバムは2005年12月ついに発売の日を向かえました。

その時SPA Musicは、大きな一歩を踏み出したのです。

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もてなされる側から、もてなす側へ

パーティーから一夜明けた朝、滞在したオテル ド パリのSPA施設で施術を受ける事にしました。そのSPAはマリーンセラピーの世界最高峰と賞され、王侯貴族、大富豪達が愛して止まないSPA「レ テルム マラン ド モンテカルロ」です。

地中海を望む美しいロケーション、昼間でもどこか「黄昏」を感じさせる贅沢な設計。医師が常勤しているのはもちろんの事、最新の設備を取りそろえ、一流のシェフによるスパクィジーンも、スパ ラウンジも充実、最高のホスピタリティーが用意されています。

施設内のBGMは、BGMコンサルタントが月替わりで選曲した音楽を使用し、シチュエーションに合わせたBGMが流れています。またSPAメニューも多彩で、本場地中海式のタラソ メニューの他、純金にバラのイメージをあしらったタイルが埋め込まれた容器で足を暖めたあと、ダイヤモンドの粉と金で肌を磨いて全身を輝かせるトリート メントなど、世界中のセレブを唸らせたSPAメニューなども用意されているのです。心身ともにリフレッシュした後は、最新のモードに着替えてモンテカルロの街に足を踏み出せば、3つ星レストランや、ショー、カジノ、バレエなどのエンターテイメントが用意されているなんて、まるでおとぎの国のようではありませんか。

「もてなされる側から、もてなす側へ」

私はSPAの海水プールに映る自分の顔を覗き込むようにして考えていました。今、プールに映る私はゲストで、もてなされる側の人間。けれども心のどこかで水面の向こう側に違う自分がいるのを感じる。それは、この洗練された贅に包まれた美しいSPAに来るゲストを音楽でもてなす側に立つ私です。私は夕べのパーティーでの興奮と、突然沸いた熱い意志を抱いて、吸い込まれるようにもう一人の自分がいるプールの水面へと身体を滑らせていました。

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モナコ公国でのチャリティー パーティー

その転機が訪れたのは、私が幸運にもモナコ公国でアルベール王子(現 大公)を始め世界のVIPが出席される、スペシャル オリンピックのチャリティー パーティー「フェイシズ オブ モナコ」の音楽をプロデュースする機会に恵まれ訪れた時でした。

パーティーにはスペシャル オリンピックに出場される選手とご家族の方々も出席されます。上品でなければなりませんが、スポーツ選手が主役なので堅苦しいクラシック音楽でもマッチしません。チャリティーの主旨を伝えながらも、エンターテイメント性も欲しいと言う主催者側の要望から、会場から椅子やテーブルは取り払われ、代わりにクラブばりの照明とDJステージの機材がわざわざドイツから運ばれ、TV番組のセットのごとくそれが目の前で組み上げられて行きました。

フローリストは最高の飾り付けを、そして私はパリからバイオリニストを、ニースからDJを呼んでクラシック音楽とダンスを融合させると言う演出を行い、その夜のパーティーは大成功。出席者が、オペラのメロディーと4つ打ちのハウスビートに乗って、軽く談笑をしながらシャンパン グラスを片手に踊っているのです。モナコらしく、優雅で圧巻でした。その時の興奮は忘れられません、私の選曲とアイデアは社交界のパーティーで拍手とダンスとシャンパンを持って迎えられ、音楽プロデューサーとして興奮の一夜を経験させていただいたのです。

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覚悟を決めて...

4. <コラム>SPA Musicを作ったきっかけ(更新6回目)

ならば、もう一歩踏み込む覚悟を決めて、私がSPAのプロの方々へアドバイスさせていただく立場になろう。ある日そんな気持ちが沸き上がってきました。

私はCDの制作だけでなく、ここ数年は海外のレコード会社を日本のマーケットに紹介する仕事も行って参りました。特にカフェ、ワールドミュージック、JAZZ、ヒーンリグ音楽に関しては、多くの海外プロデューサーや、CEO、マーケティング パーソンと交流がありますし、もうすでにビジネスを一緒に行っているか、少なくとも名刺交換をしています。

特にリラクセーション音楽系のレーベルは繋がりが強く、逆に言えば、私の名刺を持っていないレーベルは、日本の音楽マーケットへの進出を一度も考えた事の無いレーベルでしょう。

世界的に有名なSPAでも、使用しているBGMはリラクセーション系のレコード会社が販売しているCDです。ですから、私が世界のSPAのBGMを変える事が夢では無い事が分かっていました。私もまた、彼らと同じようにリラクセーション音楽のムーブメントを作っているプロデューサーであり、A&Rの1人だからです。それから私はSPAのプロの方々と一緒に、SPA&サロンの為のBGMを作ろうと決心。また、音楽を通じてSPAカルチャーを発信する1人になろうと覚悟を決めたのです。

そしてついに、2004年にモナコ公国にある老舗SPA「レ テルム マラン ド モンテカルロ」のSPAミュージックをプロデュースさせていただく最初の大きなチャンスに恵まれました。

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私とニューエイジ音楽との出会い

4. <コラム>SPA Musicを作ったきっかけ(更新5回目)

ニューエイジの思想や、理学療法や運動療法に基づいた様々なセラピーからスピリチュアル カウンセリング、そしてヨガや瞑想法などを知る事は、癒し、リラクセーションに関わる音楽を制作する者として大切な知識であると考えています。また私も興味がなければヒーリングと音楽とを結ぶ仕事はしていなかったでしょう。

私とニューエイジ(ヒーリング)音楽との出合いは、1980年代後半、大学3年の秋にカリフォルニアの音楽学校へ留学していた時にかかっていた鍼灸師に薦められ、シャーリー マクレーンの著書「アウト オン ア リム」を読んで、ヨガや瞑想に興味を持ったのが始まりです。

また当時のカリフォルニアは健康ブームで、喫煙、ドラッグ、アルコールから離れる為の施設や、健康やダイエット、ストレス リリースを目的とした施設がたくさん作られ、ちょうどそれが現在のディスティネーションSPAの原形として形成され始めていた頃で、気軽に様々な施設でヨガや瞑想、音楽療法のプログラムを受ける事ができました。

こうしてニューエイジ思想ブームの波に巻き込まれる形で、ニューエイジ音楽に出会ったわけですが、当時はニューエイジ音楽と言う新しいジャンルが産声をあげたばかりで実験的な音楽が多く、とても面白かったと言うのもあります。ニューエイジの思想はブームとともに頭の中から去って行きましたが、ニューエイジ音楽から得た様々な体験や音楽作りのノウハウは、後にSPA Musicとして残ることになったわけです。

帰国後、私は大学に戻らないことを決め、ホテル ニューオータニとAKAIと言うサンプラー電子楽器メーカーの中途採用の試験を受けました。結果はどちらも合格!悩んだ末に「スティービーワンダーに合わせてあげるから!」と言う人事担当者の言葉にそそられてAKAIプロフェッショナルズへ就職。

3年余り企業で貴重な社会経験を積ませていただき、退職した後はプロの音楽家として活動を開始。JAZZボーカルや、復活ピクレディー、室井滋、松坂慶子さんなどのコーラス、CMやディズニーのレコーディングなどをしながら、沖ヨガ、マクロビオテックなど、心と身体に関わる勉強を続け、自分名義のヒーリングCDを出したり、いろんなプロデュースCDも作りました。

思えば20年近くニューエイジ、ヒーリングのジャンルを専門に聴き続けていますので、私がSPAでくつろいでいる時でもBGMのクオリティーが気になって仕方ないのは、当然と言えば当然かも知れません。


つづく

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SPAのBGMへの不満を感じる

4. <コラム>SPA Musicを作ったきっかけ(更新4回目)

その日を機会に、海外出張などの機会にはホテルのSPAへ出向くようになり、国内でも「SPA休暇」を取るまでになりました。そして、いつかSPAの魅力を一人でも多くの方にお伝えする事ができたらと、思うと同時に、SAPではいつも一つ大きな不満を感じるようになりました。「それは、SPAのBGMが全くダメだと言う事。」

あるSPAでは、施設のリネンもオイルも、照明もエッジが効いててカッコいいのに、なぜこんな普通のリラクセーション音楽がBGMとして流れているの??しかも、夜なのに鳥の「ピピヨピヨ」と言う泣き声まで!これではお客様は時差ボケになってしまいます。

高級SPAであってもこのBGMのセンスは一体どうしたものだろう...と思う事もしばしばでした。有線チャンネル任せのBGMで、有名TV番組のテーマ曲に合わせてのトリートメントを受けた時には、やはりこれは「いただけない」と思ったのでした。

つづく

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私をリラックスさせる為のマッサージ

4.<コラム>SPA Musicを作ったきっかけ(更新3回目)

マッサージが肩から首の裏側へと進むにつれ、私の呼吸がだんだんと深くなって行くのが分かりました。このマッサージは美しくなる為のマッサージでも無く、また、コリをほぐす為のマッサージでもありません。初めて体験する「私をリラックスさせ、ストレスをリリースする為のマッサージ」なのです。こんなマッサージがあるのかと驚きました。そして、固くなっていた筋肉が和らぎ、いつのまにかうつ伏せになっても苦しくなくなっていました。呼吸に合わせて肌を撫でるようにマッサージしていただくだけなのに、呼吸から、身体の底から、心の底から、ほぐれていったのです。これはもう、マジックとしか言いようがありませんでした。そして、このオイルの素敵な香り...

私は部屋に戻ると、とろけるような心地よいだるさに身も心もあずけて、そのままベットに倒れ込むと食事もとらずに朝までぐっすり15時間も眠ってしまいました。そして翌朝は目覚めすっきり!肌はツヤツヤ、食欲も戻り、朝からたっぷりベルサイユ宮殿を堪能したほどです。このSPAでの経験は、私のSPAへのイメージを全く変えてしまいました。SPAは、将に蘇生の場!そして極上のリラックスが味わえる場所へと変わり、私にはSPAが必要!と思ってしまうほど大好きになってしまったのです。



つづく

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ホテルSPAで極上の癒しを体験!

4. <コラム> SPA Musicを作ったきっかけ(更新2回目)

ホテルのSPAに駆け込んだまでは良かったのですが、カンヌ出張での強行軍にやられていた私は、あまりの疲労から施術室のベットに身体を預けるのが辛くて仕方ありませんでした。うつ伏せて背筋を伸ばすだけで落ち着かず、首を横に動かしただけで軽い吐き気まで感じるような状態だったのです。時差ボケもあって、眠っても睡眠が取れているか、いないか分からないような中でのハードな1週間でしたから、自分でも気がつかないうちにひどく疲れていたのだと思います。この場合、相手がプロのセラピストとは言え、グイグイと背中から押されて気持ちが良いわけがありません。

困りました。気分がすぐれない状況を伝えれば、セラピストの方が気を悪くされるのでは無いかとか、施術をキャンセルして迷惑を掛けないかと心配になり、我慢しようかとも思ったのですが、「申し訳ないのですがベットにうつ伏せられません、コリと緊張で気持ちが悪いのです。」と、思い切って事情を話をしたら、「リラックスしてください、無理にうつ伏せになる必要はないんですよ。」と慌てる事なく声を掛けてくれました。「座ったまま少しずつほぐして様子をみましょう。」と私を促し、ベットの端に腰掛けた私の足をフットバスで暖めた後、優しく包むように足先からマッサージを始めてくれたのです。

それともう一つ、実は私、人に身体を触られるのがとても苦手なのです。例えば髪をカットに行って美容師さんに肩を捕まれるだけで、緊張して縮こまるほどなのです。指圧やアンマなら服を着たまま受けられる施術なので、まだ大丈夫だと思ったのですが、この場合「指圧よりオイル マッサージの方が今の貴女に向いているから」。と言うセラピストのアドバイスに素直に従って、直接肌へ施すオイル マッサージを全身に受けてみる事にしました。

つづく

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私の初めてのSPA体験

4. <コラム> SPA Musicを作ったきっかけ(更新1回目)

私の初めてのSPA体験は、2002年。ベルサイユ宮殿にほど近いパリ郊外のホテルSPAでした。映画際で有名な南フランスのカンヌで行われる、MIDEMと言う世界中のレコード会社が集まるイベントに出展のため、1週間ほど南フランスに滞在して仕事をした後、帰国前に5日間ほど休みを取ってバケーションへ行った時の事です。

音楽プロデューサーと言う仕事のおかげでこうして世界中を旅行する機会に恵まれ、友達や家族に羨しがられたりもするのですが、この仕事はなかなかの体力勝負。深夜に渡る海外のレコード会社との連絡や、レコーディングで睡眠不足と肩コリの毎日。加えて自分を追い込んでしまう性格もあって、肉体的にも精神的にも大変なんです。

ホテルにチェックインした後、部屋に置かれてあったSPAのメニューになにげなく目を通していると、その中に指圧セラピー(アジア式 ディープ プレッシャー)と書かれてあるのを見つけ、興味をそそられました。しかも、SPAにはハマムやジャクージ、それに豪華なプールもあり、お姫さま気分でリフレッシュできるかも!と思ったんです。疲れでガチンガチンに固まった首もなんとかしたかったので、すぐにSPAへ電話して指圧セラピーの予約をいれました。

つづく

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